こんにちは。過剰表現好き、チョッピーです。
オリンピック
観てますか? 北京オリンピック。
あ、もうオリンピック開催されてるんだっけ?
そう、実は北京オリンピックは2月4日(金)からすでに開催されている。
競技自体は2月2日(水)から開始されているモノもあるんですね。なんだか、東京オリンピックが終わってから半年くらいしか経っていない(東京オリンピックの終了日は2021年8月8日)ので、もう、北京オリンピックが始まっているのが不思議な感じですね…。
僕はあまりスポーツに関心のあるタイプではない。そのため、普段はスポーツは全く観ない。
だがオリンピックは数年に一度しか開催されない催しでもあるし、NHKや民放でも特設サイトで動画が配信されている事もあり、なんとなく観てはいる。
NHKの特設サイト
民放の特設サイト
実は開会式も観ているので、「スポーツに関心が薄い層としては、かなりオリンピックを観ている方の人」と言えるのかもしれない。
妻がスポーツ観戦が好きなので、彼女が観たい時に一緒に観ている…という点も大きいかもしれません。
疑問
そんなわけで特に強い関心も無いまま、オリンピックを流し見している僕。
先日、フィギュアスケートを観ている時に、それに関心が薄い者に特有の、どうでもいい、ふとした疑問を感じた。
フィギュアスケートって…劇とかの芸術にかなり近い気がする。スポーツと芸術の違いとは…?
前述した通り、僕はオリンピックを妻と一緒に観ている事が多い。その時も妻と一緒に観ていたので、思い付いた疑問をそのまま彼女に話してみた。
違いは知らないけど、フィギュアスケートの採点基準には芸術点もあるし、まぁ、確かに分野は近いのかもね。演技の構成とかも評価対象だし。
そうだよね…。そもそも演技の構成って選手自身のスキルじゃない気もするし、個人戦って言うかチーム戦な気もするなぁ。
そこはまぁ、いくら評価が高い構成を作れたとしても「それを選手自身が演じられるか?」という問題もあるし…。まぁ、別にチーム戦っていう認識でも良い気もするけど。
うーん、やっぱりなんだか、かなり「劇」に近い競技な気がするなぁ。そもそも「演技」って言ってるし。少なくとも「ウェイトリフティング」とかとは、かなり競技性が異なるスポーツな気がする。
そうかもね。
この話題に関しての妻との会話は、ここで終わった。
思案
それから僕はボンヤリと「スポーツ」と「芸術」の違いについて考え続けていた。
おそらく辞書的な意味で言うところの定義の違いは、調べればすぐにわかるのだろう。
だが、それを調べて納得したところで面白みがない。
「僕にとってのスポーツと芸術の違い」をハッキリとさせておきたい。
そうすれば今後「芸術なのかスポーツなのか、よくわからない新しいモノ」が登場した時にも、それが芸術であるかスポーツであるかの判断を明確に行う事が出来るだろう。
それ以前に、そもそも、この様な「何の役にも立たない思案」は個人的なエンタメとして楽しい。それに恰好な題材があるのだから、これを活用しないのはもったいない。
というわけで考えてみた。
結果
個人的な結論としては次の通りだ。
なお「芸術とスポーツの違い」を考えているうちに「スポーツとeスポーツの違い」や「芸術とエンタメの違い」なども思案の対象に入ってきたので、それらの個人的な定義も合わせて書きます。
前提
芸術・スポーツ・eスポーツ・エンタメはそれぞれ排他的な関係ではない。よって「芸術的なスポーツ」や「エンタメ的な芸術」などの行為も存在する。
芸術
それを行う者のなにかしらの(行為それ自体も含む)アウトプットにより、その鑑賞者の内面になにかしらの変化を与え、鑑賞者自身の(精神性を含む)未来になにかしらの影響を及ぼす行為。その目的が必ずしも「鑑賞者および社会にとって良い変化を与えること」であるとは限らない。(「鑑賞者および社会にとって良い変化を与えること」を目的とする場合は、芸術ではなく教育となる)
スポーツ
身体的な運動を主とした競技全般。競技であるので、必ず順位を設定しなければならない。(順位の設定されていない身体的な運動は、スポーツではなく単純に運動、もしくはレクリエーションとなる)
eスポーツ
頭脳的な活動を主とした競技全般。競技であるので、必ず順位を設定しなければならない。(順位の設定されていない頭脳的な活動には様々なモノが考えられるが、少なくともそれはeスポーツではない)
エンタメ
それを行う者のなにかしらの(行為それ自体も含む)アウトプットにより、それを行う者自身、もしくはその鑑賞者に「面白さ」を与える行為全般。それを行う者自身、もしくはその鑑賞者を変化させることを目的としていない。
総評
以上が僕が考えた「スポーツと芸術の違い」である。
それぞれの言葉の定義を示すことにより、その違いが分かるようにしてみました。
前述した通り、ここに書いた定義はあくまでも僕だけの定義であって、辞書的な意味におけるそれと同じであるかどうかは知らない。
なので、ここに書いた定義に対して、読者の皆様はもしかすると色々な疑問・反論などを感じられているかもしれない。
その様なモヤモヤを感じられている方は、なにかしらの手段で、そのモヤモヤを言語化してみてはいかがだろうか。その行為はおそらくエンタメとして非常に楽しいハズだ。
少なくとも僕は上記の4種類の言葉の定義を考えている間、とても楽しい気分になれた。
思案はいつでもどこでも出来る上にお金もかからない上質なエンタメだ。上に書いた僕の個人的な定義に従えば、もしかすると芸術要素すらあるかもしれない。
おススメします。
本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。
もちろん「世間一般的な定義」を調べる行為の大切さは否定しません。「自分が導き出した結論」だけを信じて生きていると、それはそれで社会性が欠如していきますから。