こんにちは。器の小ささでは誰にも負けない、チョッピーです。
今回の記事について
今回はチョッピーが買い物中に気付いた「加害者と被害者の気持ち」についてのお話です。
スーパーによく行く
僕、スーパーによく行きます。「Daily Choppy !」の熱心な読者の方(チョッピスト)はご存じかもしれませんが、僕の家では僕が料理担当だからです。
凄腕料理人チョッピーが作る料理の出来栄えは「Daily Choppy !」内のミニ企画「CHOPPY’S キッチン」で確認できます。最新回はこちら。
行く頻度は3日に2回くらい。だから、ほぼ毎日ですね。本当は1週間に2回くらいに留めたいところなのですが、僕の家の冷蔵庫はサイズが小さいので、一度の買い物で多くを買う事が出来ないのです。そのため高頻度で回して行く事になる。
なので、チョッピーは行き返りの時間も含めてほぼ毎日1時間半くらいを買い物に費やしているのです。
イラっとするシーンに遭遇する事も多い
僕、スーパーでの買い物はそれなりに好きです。刺激が多いんですよね。
季節によって売られている商品のラインナップも微妙に変わりますし、値段なんて日々変わります。いつもより安い値段で売られている野菜を見付けた時とかスッゴく嬉しい気持ちになりますし。スーパーはそういう小さな変化を楽しめる場所です。
たまによくわからない野菜が激安価格で売られている事とかもあります。そんな時は未知の食材に出会えた喜びとお値打ち商品を見付けられた喜びの2重の喜びを一気に感じられて最高の気分になります。
ハンターなのか? 「スーパーハンター チョッピー」っていうマンガを描いて10週打ち切りの憂き目に遭おうぜ。
なぜ自ら憂き目に遭わなければいけないのか。そう、憂き目と言えば、スーパーって嬉しい事ばかり起こる場所じゃないんですよ。イラっとするシーンに遭遇する場合もあります。それも、結構な頻度であります。
その中でも僕が本当に嫌なのは「カゴをぶつけてきたのに謝りもせずに通り過ぎるヤツ」です。なんなの、アレ。本当にムカつくわ。
カゴをぶつけられて謝られないと本当にイラっとする
カゴをぶつけられても謝らずにそのまま通り過ぎてしまう人、結構、多くいます。イラっとします。
仕方ないでしょう。スーパーって棚がたくさん並んでるから基本的に狭いし。特にチョッピーが好んで利用する激安スーパーは特に狭い。カゴが当たってしまう事もあろう。
いや、それはわかる。確かに僕がよく行くスーパーは狭い。狭いからすれ違いざまにカゴが当たる事もよくある。でも、僕が不快なのはその時に何も言わないヤツですよ。せめて「スミマセン」くらい言って立ち去ればよくない? 「スミマセン」って言うのってそんなに労力必要?
そんなに怒る事なのか…? カゴが当たったくらい気にするなよ。別に痛くもないだろうし、よくある事でしょ、そんなの。
いや、だから、それが加害者の論理なんだって! 確かによくある事だし、別にカゴがあたったくらいじゃ痛くはないですよ。確かにそう。 でも、それでもぶつけられた方はムカつくんだって!
人のふり見て我がふり直せ
で、こんな事を言っている僕ですが、先日、買い物中に人にカゴをぶつけてしまいました。悪意はないんです。通路が狭いから当たりやすいんです、ホントに。
で、無言で通り過ぎたの?
いえいえ。確かにそんなに悪いことをした気持ちはありませんでしたが「あ、スミマセン」と言って通り過ぎましたよ。自分が無言で通り過ぎられたらイヤなので。
まぁ、確かに「自分がされてイヤな事は人にもしない」はコミュニケーションの基礎的な考え方ではある。
そうですね。まぁ、「自分がされてイヤな事と相手がされてイヤな事が必ずしも一致するとは限らない」とか「自分がされて嬉しい事も、相手にとってはイヤな事だったりする」場合も往々にしてあるので、自分基準のコミュニケーションには限界もあるとは思います。ただ、「他人にカゴをぶつけられた場合」には「自分がされてイヤな事(=謝りもせずに通り過ぎる)はしない」は適応可能だと思います。
自分が加害者(と言うと大げさかもしれませんが)になってしまって気付いたんですけど、基本的に加害者って「悪いことをした自覚」ってそんなに無い事が多いと思うんですよね。でも被害者は「悪いことをされた気持ち」を強く抱くんですよ。加害者の気持ちとは関係なく。
なので、それが仮に「カゴを誤ってぶつけてしまった」みたいな不慮の事故だったとしても、被害者の気持ちになって動くのは大事だなぁ…と思いました。
本日の締め
今回は僕が買い物中に気付いた「加害者と被害者の気持ち」についてのお話を書いてみました。
被害者側からすると「どうしてコイツは謝らないんだ」と思ってしまうケースって多いと思うんですけど、その場合って加害者はたぶん「悪いことをした」と思っていなんですよね。きっと。
本文中では「加害してしまった場合は被害者の気持ちになって謝ろう」というお話を展開しましたが、逆のケースでも「被害を受けた場合に加害者の気持ちになると、相手の行動の意味がわかる」かもしれません。そうすると、もしかすると「イラっとする気持ち」が少しは収まる事もあるのかもしれません。「お互い様」的な。
だからと言って「相手を許せ」と言っているわけではありませんが。自分の精神の安定には役立つ…かも、しれません。
もちろん加害側が「お互い様」と言うのは最低最悪の愚行だと思います。
本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。
最初からカゴをぶつけないのが一番の解決策なのは間違いない。