こんにちは。チョッピーです。
僕、大学院で経営学を勉強していた時期があります。
経営学とはその名の通り「経営」を学問として捉え「より良い経営をするための普遍的な方法論とはどの様なものか?」という事を研究していくための学問です。少なくとも僕はそう捉えています。
一応、大学院は無事に卒業したのですが、まぁ、僕は正直、どんな分野でも優秀な方では無いので、大学院で教えられていた経営学をキチンと理解できたのか?という点については怪しいところです。特に会計や財務の分野は壊滅的でした。ここは今でもキチンと勉強していかないとな…と思っています。
ただ、そんな僕でも、経営学を勉強していく中で「これは経営学的な正解なのかどうかはわからないけれど、個人的に大事にしておかなければいけないところだ」と思う点はいくつか出てきました。これはもしかしたら経営学とは関係の無いただの僕の信念かもしれないのですが…以下の様な点です。
- 経営とは組織運営を通じて「自分の実現したい世界」を実現するための方法論だ。
- 組織は経営者の指し示した指標に従って動く。それが明示的か暗黙的かは関係ない。
- 「利益」は経営の結果に過ぎない。それを目標とする事は経営の本質を見失っている。
僕は上記の信念から経営者はどんな場所でも常に「自分の思う綺麗事」を吐いていかなければならない、と考えています。僕の場合の「自分の思う綺麗事」は「僕達は全ての人を幸せにするために存在する」です。
これ、結構、アレなんですよ、キツいんですよ。
こんな事を、真面目な顔をして、いつ、どんな場所でも、誰にでも語るのは。ストレートに言ってしまえば、顔から火が出るほど恥ずかしい。突っ込みどころだって満載です。
「全ての人って具体的に誰だよ」
「どうやってそれを実現するんだよ」
「幸せって具体的にどういう状態だよ」
「お前にそれが出来る根拠はあるのかよ」
「お金はどうするの?」
「で、実際、それで稼げると思ってるの?」
「そんなボンヤリした目標で競合に勝てると思ってるの?」
そんな声が暗闇の中から聞こえてきますし、まぁ、実際に言われてもいます。
それに現実問題、お金を稼がなければ生きていけません。
「利益は結果? 何を言っているんだ。それが最大の目的だろ!」
わかります。お金は大切です。とてもわかります。でも、やはり、それではダメだと思うんです。
それを目的としてしまうと「正しくあれない」のです。「正しくあれない」のであれば、経営なんてしない方がいいと思うのです。
経営をしたいのであれば正しくなければいけない。なぜならば経営は「世の中を自分の望むとおりに変えるための方法論」だから。
「正しくない事を望む人」が経営をすれば、世の中は正しくなくなってしまう。
世の中を正しくするために、経営者は「自分の思う綺麗事」を常に忘れない様にしなければならない。そして、それを表に出し、組織の指標として指し示し続けなければいけない。それを忘れたとき、組織はおかしくなってしまう。
色々と悲しい出来事が多い昨今、改めてそんな事を思いました。
本日もふらとぴに訪問頂きありがとうございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。