こんにちは。チョッピーです。
今回の記事について
今回はチョッピーが自分の行いを反省する内容の記事です。
すぐに効果をはかってしまう
最近、どうも良くないな…と思っている事のひとつに「すぐに効果をはかってしまう」というモノがあります。つまり色々なモノ・事に対して「それをする事によって何がどうなるのか」という考えをすぐに抱いてしまうのです。
たとえば本を読んだ場合に「それを読んだ事によって得た知識で何が出来るのか」とか、なにかで遊んだ場合に「それによって何が得られて何がどう変わるのか」とか、そういう事をすぐに考えてしまうのですよね。
目的と手段
もちろん何かをする場合に「それによって得られる効果は何か」を考えるのは、場合によっては当然のことだと思います。たとえば新しい家電を買ったりする場合などはそれが顕著でしょう。
食洗器を購入する目的は「食器洗いの自動化」です。それによって「時間の節約」や「コストの削減」や「食器洗いの品質の向上」などが実現される。その先には「生活の満足感の向上」があるのかもしれません。
要は何かの目的があって、それを達成するための手段として何かをする場合には「効果をはかる」のは当たり前の行動であり何も不自然な事でありません。
ただ、最近の僕は「本来、目的であるべきモノ」に関しても、それを手段として捉えてしまう気があります。
目的の手段化
「本来目的であるべきモノ」とは「それをすること自体が目的になるべきモノ」の事を指します。例えば旅行、小説を読む、ゲームをする、運動をする…などですね。
これらって基本的には「それをするから楽しい」という気持ちを楽しんだ方がいいモノだと思うんですよね。「旅行によって新たな知見を得る」とか「ゲームによってストレス発散をする事により次への英気を養う」とか「運動によって鍛えた身体能力を使って何かをする」とかってあくまで副産物であって、それを目的化しない方がいいと思うんです。
「手段の目的化」が良くない事だというのは周知の事実だと思います。手段を目的化してしまうと本来の目的を見失ってしまい、それを達成する事が出来なくなってしまうためです。それと同様に「目的の手段化」も良くない事なのではないでしょうか。こちらも「目的が達成できなくなってしまう」という観点からは同じことだからです。
目的定義ってやっぱり大事
何を目的とするかはその人の自由ですが、基本的に余暇活動というモノは純粋に目的として楽しんだ方が人生の満足感は上がるのではないかと思います。
ビジネス界隈では「余暇活動を充実させることによりストレスマネジメントを行い業務に活かそう!」みたいな意見を目にする事があります。ビジネスの成果が人生の全てである人はその考え方に沿って生きるのが良いとは思います。ただ、世の中にはそうではない人も多いと思います。
僕はビジネスの成果が人生の全てであるタイプの人間ではありませんので、キチンと余暇活動を目的として楽しめるように意識していきたいと思います。
今回の締め
今回は僕が自分の行いを反省する内容の記事を書いてみました。
本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。
本当に最近、小説を読んだりする時も「これを読むと何が得られるかな…」という考えになっているので、これはちょっと良くないよなぁ…と思っています。