こんにちは。Nintendo Switch 大好き、チョッピーです。
社会的動物ゆえ
基本的にほとんどすべての人間は、他人と関わらずには生きていけないだろう。
山奥や無人島などで完全に自給自足で一人だけで生きている人がいないとも限らないので、絶対に無理とは言いませんけれど。
他人と関わらなければ生きていけない以上、「自分の幸せ」という個人的な問題を考えるにおいても、どうしても人間関係を考慮せざるを得ない。
だが、僕は人間関係を良くする方法論等には明るくない。
なので「こうすれば人間関係が良くなるよ!」とか「これであなたもモテモテでウハウハよ!」とか「太い人脈ゲットでお金がガッポガポ!」などのアドバイスは出来ない。
チョッピーは一体、他人を何だと思ってるんだ。
ただ「どの様なタイプの人と人間関係を構築したいか」を考えれば「自分がどの様なタイプの人間としてふるまうべきか」についての答えは導き出せる。
「自分の思う好ましいふるまい」を自分がすればよいだけだからだ。それを実践できるかどうかはさておき。
僕の場合は「基本的にご機嫌な人」と関係を構築したい。
なので僕も(少なくとも他人とコミュニケーションを取る場合には)どの様な状況においても「ご機嫌なふるまい」をするように心がけている。
「不機嫌な態度」や「怒りっぽい態度」を取る人の狙いもわかるんですけどね。僕はその態度は好きじゃないですね。そのスタンスを僕は「周囲に負担を押し付けて自分の願いを叶えようとする怠慢なやり方」だと思っているので。
素人にはおススメ出来ない
とはいえ、僕も常に「ご機嫌なふるまい」をしているわけではない。
マインドがご機嫌な場合にあえて不機嫌なふるまいをする事はないが、マインドがご機嫌ではない場合には、あえてそれをそのまま放置する場合もある。
何故か。
「ネガティブな気分」を活用して「ポジティブな気分」の時には得られなかった気付きなどを得ようと考えているからだ。
チョッピーのこの考え方については『Daily Choppy !』第879回や『Daily Choppy !』第871回などに詳しいです。興味のある方はそちらをお読みください。
これ、僕としては、なかなかいい方法だと思っている。ただ、若干の危険性を孕む試みだと言えなくもない。
新しい気付きを得るために、ずっとマインドの調子を悪いままにしておくと、それを回復できなくなってしまい、なにかしらのクライシスを迎えてしまう可能性があるように思えるからだ。
僕は「自分のマインドを回復させる自信」があるため、このテクニックを活用している。ただ、そうではない人は気軽に手を出さない方がいいかもしれない。
間違っても、万人におススメできるテクニックではない。
スイッチ
僕は何故「自分のマインドを回復させる」という点に対して強い自信を抱いているのだろうか。
上で紹介した別記事にも書いた様に「マインドを回復させる術を熟知している」からかもしれない。
確かに、それも一因ではあると思う。でも、おそらく他の要因もある。
そのうちのひとつとして「『思考は切り替え可能なモノである』という考えが僕の中にあるから」が挙げられる気がする。
ちょっと言っている意味がわからない。
だよね。ご説明します。
「人間は考える葦である」という言葉もある通り、僕達は常になにかしらを考えている。
ポジティブに考えれば「思考能力を持つ生き物」と表現できるが、ネガティブに考えれば「思考能力に支配された生き物」とも言えるのかもしれない。
さて、今、僕は「ポジティブに考えれば」と「ネガティブに考えれば」と2つの思考方法を恣意的に選択した。
これが僕の言うところの 「思考は切り替え可能なモノである」の正体である。
ご自由にお選びください
世の中には様々な思考法がある。
一例を挙げると次のようなモノだ。
- クリティカルシンキング
- デザインシンキング
- ロジカルシンキング
- ポジティブシンキング
- ネガティブシンキング
- ラテラルシンキング
他にもまだまだあるだろう。
興味のある方は「思考法 一覧」とかで検索してみるといいかもしれません。
僕はこれらの思考法のいくつかを書籍や大学院で学んだ事がある。
個人的には、これらの思考法は「それを学べば全てを良い方向に動かせるもの」みたいな「生きるための万能薬」だとも金科玉条のごとく守るべきモノだとも思っていない。
思考法を変えたくらいで全てを解決できる程、世の中は簡単には出来ていないのだ。
ただ、思考法にも様々な種類がある事を知っておくと「今の自分の考えは、あるひとつの思考法に囚われた近視眼的なモノかもしれない」という発想が出来るようになる。
この発想は、自分のメンタルの調子を自分の望み通りに操作するのには、少なからず役に立つのではないかと思っている。
本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。
「ご機嫌に生きる」ために必要なモノは勉強なのかもしれませんね。