【Daily Choppy !】第301回:想いを込めてプロダクトを作っていこう!

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こんにちは。チョッピーです。

今回の記事について

今回の記事はチョッピーが文章を書いてきた理由の説明と、それが世の中一般のプロダクト開発にも転用可能な考え方なのではないか…という意見を主張する随筆です。

チョッピーの執筆歴と書いてきた文章の内容

僕はそれなりに昔から趣味として文章を書く事を楽しんでいました。これは過去に「Daily Choppy !」でも何回か書いたことがあります。

中学生の頃から趣味で小説・詩を執筆したりはしていました。高校生の時には文芸部に所属していましたし。(同時にラグビー部にも所属していました)大学・社会人以降はmixi・Facebook・Twitterといった各種SNSに文章を書き殴ってはいました。

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現在も「Daily Choppy !」を始めとするふらとぴの各種コンテンツで文章を書いています。中学生以降、ずっと文章を書き続けてきた人生だったと言えます。

とはいえ文章を書くためのテクニックなどをキチンと学んだ事はないので、お世辞にも上手な文章を書けるとは言えません。下手の横好きってヤツです。

書いてきた文章の種類は小説・詩・随筆です。「Daily Choppy !」では随筆を書くことが多いですが、中学~大学生時代は上の引用文にも書いている通り小説・詩を多く執筆していました。社会人になってからは、ほぼ詩オンリーです。小説も何本か書いたことがあるかな…。

チョッピーが文章を書いてきた理由

文章にはいくつかの機能があると思います。エンターテイメントとしての面白さの提供、知識の共有、情報の伝達などが代表的でしょうか。

僕は文章にはそれら以外にも「作者の想いの記録・増幅機能」があると感じています。文章にこの機能があるからこそ僕は昔から趣味として文章を書いてきたのでしょう。

おそらく僕には「文章を通じてその時、自分が感じていた気持ちや考えていた想いを記録・増幅し、読者に伝えたい。そして、少しでも世の中を変えたい」という願望があったのだと思います。そして、たぶん、それは今もある。

もちろん昔からここまで自覚的に自分の考えを捉えて文章を書いてきたわけではありません。この考えを自覚したのは本当に最近です。

「Daily Choppy !」には書き続けるだけの明確な目的があります。つまり、僕は「皆様に継続的に面白さ・楽しさ・興味深さを提供し、ふらとぴを好きになって頂く」ために「Daily Choppy !」を書き続けています。

対して中学~前職在籍時までに書いていた文章にはその様な目的はありませんでした。ふらとぴを運営していたわけでもなく文章によってお金を稼いでいたわけでもなかったので。

では、何故、僕は多くの時間を使ってかなりの分量の文章を書き続けていたのか? 何が目的でそんなことをしていたのか? 先日、ふと、そんな疑問を感じ、少しだけマジメに考えてみたところ上で書いた結論に行きついた…というわけです。

「明確な目的がある文章」を書く生活を続けた結果、逆に「明確な目的が無い文章を書く理由」を考える事が出来た。なんだか少し逆説的で面白いですね。

そういう風に考えると世間でまことしやかに囁かれている「趣味を仕事にするのは良くない」というのも本当かどうか疑わしく感じられてきます。趣味を仕事にする事によって「何故、それを趣味として楽しんでいたのか?」を考えるキッカケになるかもしれませんので。

話がズレました。閑話休題。

自分の願望を理由にアウトプットを作るのはプロではない?

僕には「文章を通じてその時、自分が感じていた気持ちや考えていた想いを記録・増幅し読者に伝え、世の中を変えたい」という願望があり、それを実現するために文章を書いていた。

これはプロフェッショナルとしては問題のある考え方かもしれません。僕の個人的な考えかもしれませんが、プロフェッショナルはまず何よりもお客様第一でお仕事を考える必要があります。「お客様が喜ぶモノ・コト」を提供し、その対価として金銭を受け取る。それこそがプロフェッショナルだと言えます。

対して僕は自分の願望を叶えるために文章を書いていた…という側面があります。現在のふらとぴにおけるコンテンツ制作時にも、その願望がそれなりの割合で込められている様な気もしています。

これはプロフェッショナルな姿勢ではないのではないか? プロフェッショナルとして高品質な文章を提供するためには「お客様が求める情報」を過不足なく届ける必要があるのではないか? お客様が欲しがる情報を調べ、多くの信用できるソースを引用し、高品質な文章を執筆・提供する。それこそがお仕事として文章を書く人間が目指すべき姿勢なのではないか? いかがでしたか?

この様な考え方も一理あるとは思います。ただ、文章において「読者が読みたいモノを提供する」のが正しいのだとすると、僕は「作者の願望が込められた文章を提供する」こともアリなのではないかと考えています。

なぜならば僕自身に「作者の願望、言い換えればエゴにまみれた思想・主張の強い文章を読んで楽しみたい」という気持ちがあるからです。

僕は、その主張や思想の内容に限らず作者の強い想いが込められた文章が好きです。僕は作者の生きてきた歴史、感じてきたモノ、その結果、辿り着いた思想…そういう作者の全人格が込められた生々しい文章が読みたい。

そんなモノを求めて文章を読んでいる人は僕だけではないハズです。でなければ純文学というジャンルが成立するハズがない。そう考えると僕が僕の願望を叶えるために文章を書き続ける事にも若干の正当性があると言える気がしてきます。

文章以外のプロダクトにも自分の願望を込めてよいと思う

今回は僕が慣れ親しんでいる文章を題材に述べてきましたが「あなたの願望が込められたプロダクトを求めている人はどこかにいるハズ」という考え方は文章以外のモノにも適応できるのではないかと思います。「あなたのこだわりを求めている人」がいるからこそ「こだわりの逸品」なんてキャッチコピーも成立するのではないでしょうか。

マーケティングに傾倒すると「お客様の要望こそが大切であり、自分の考えはどうでもよい」という考え方になってしまいがちなのではないかと思います。しかし、特定少数のお客様をターゲットにしているのであればともかく、そうではないのであれば、皆様のプロダクトの中に自分の想いを組み込んでもよいのではないかと僕は考えます。

だって、あなた自身が、そのプロダクトのお客様になる可能性だってあるわけですから。あなたはあなたの願望が込められたプロダクトを楽しみたいハズでしょう? あなた以外にも、きっと、そんな人はいると思います。

自信をもって自分の願望をプロダクトに組み込んでいきましょう。それが楽しく働く秘訣なのではないかと思います。

「そんな甘い考えで成功すると思っているのか?」と思ったあなた。僕はあなたのその考えこそ甘いと考えます。そもそもプロダクト開発なんて成功しないのが普通なのです。新しいプロダクトが1万個あったら、そのうち成功するのは1つか0でしょう。そんな世界で「作り手が自分の願望を排して想定顧客の事だけを考えれば成功する」なんて言えると本気で思っているのですか? 僕にはそうは思えません。

「想定顧客」はどこにも存在しない幻の人間です。対して「あなた」は現実に存在します。存在しない幻の人間のニーズに基づくプロダクトよりも現実に存在する人間のニーズに基づくプロダクトの方が確実性は高いと思いませんか? まぁ、確実性が高いとはいえ1万個に1つか0しか成功しない事には変わりはないとは思うのですが。

本日の締め

今回はチョッピーが文章を書いてきた理由の説明と、それが世の中一般のプロダクト開発にも転用可能な考え方なのではないか…という意見を主張する記事を書いてみました。

いつもの「Daily Choppy !」と比べて少し我の強い文章になってしまったかもしれません。前回(「Daily Choppy !」第300回↓)の反省を踏まえて今回は十分な睡眠時間を確保してから書いてみたところ、こんな結果になりました。

我は強くなってしまいましたが、執筆自体はサクサク進みましたので今後も睡眠時間をしっかりと確保しながらお仕事をしていきたいと思います。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

今回の記事の内容を第300回に持ってくるべきだった気がしないでもないです。

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