こんにちは。自由大好き、チョッピーです。
僕の考え
どうやら厚生労働省は4月以降も新型コロナウイルスのワクチンの無料接種を続ける方向で調整を行っているらしい。
厚生労働省は新型コロナウイルスワクチンの無料接種を4月以降も続ける方向で調整に入った。
コロナワクチン、4月以降も当面無料に 厚労省調整|日本経済新聞
「ワクチンの無料接種が続くのかどうか」は岸田首相が新型コロナウイルスを感染症法上の「5類」に移行する方針を示した…とする報道が出てから、ずっと個人的に気にしていた件だったので、どうやら僕の望む方向で検討がされているようで安心した。
チョッピーは今後もワクチンを無料で受け続けたい…ということ?
そうです。
確かに注射を打たれるのって少し快感だったりするもんね。
え、そういう理由じゃないです。何言ってんの?
新型コロナウイルスの5類移行に関しては、そのこと自体にも、それに付随する諸々(たとえばワクチンの無料接種の継続判断)についても喧々諤々の意見があるようだが、僕は次のように理解している。
ウイルス自体の危険性 | (ウイルスが変異しない限り)変わらず |
感染可能性 | 高まる |
発症時の費用負担 | 増える |
なお、それぞれの理解の理由についてここで深くは語らない。
とにかくまとめると僕は5類への移行について
依然として危険なウイルスの感染確率が高まり、さらに、それを発症した時の費用負担まで増えるんだな…。
とみなしている。
だから、その対策のひとつとしてのワクチン接種が今後も無料で受けられるのは、とても助かる。
マスクの不満点
さて、新型コロナウイルスについての大きな論点のひとつとなっているのがマスク着用の必要性についてだ。
どうやら政府内でも5類移行後のマスク着用の必要性については色々な意見があるらしい。
僕としては政府の方針がどうなろうと、基本的に今後もマスクをつける生活を続けるつもりだ。
そんなに緑色の顔のヒーローに憧れているのか。
違う。
コロナ禍もすでに3年目なのに、いまだにそんな冗談を言う人がいるとはビックリだよ。
とにかく僕はその必要性があろうがなかろうがマスクをつける。
マスクの有用性を個人的に気に入っているからだ。
それを得るためであれば、多少の不便くらいは何の障壁にもならない。
多少の不便…。息苦しさとか?
いや、違う。
僕がマスクをつけていて感じる不便とは「メガネのくもり」だ。
対策
視力の良い方やコンタクトユーザの方はご存じないかもしれないが、マスクとメガネはとにかくムチャクチャ相性が悪い。
夏はさすがにそうでもないが、秋から春先にかけてはひたすらメガネが曇る。
特に今の時期(冬)なんて、前がほとんど見えないレベルにまでなる事も全く珍しくない。
特にその状態で自転車をこいだりすると、もう、最悪だ。
『そのメガネは明日も、くもる。』
そう、zoff の「くもり止めレンズ」のコピーに書かれていた通りだ。
僕のメガネはくもる。今日も明日も明後日も、マスクをつける限り永遠に。
くもり止めレンズ買えば?
それは出来ない。慢性的に金欠だから。
そんな僕に出来る事と言えば、赤信号で止まっている間にメガネを外して、少しでもそのくもりを晴らすことくらいだ。
気付き
そんなわけで今日も今日とて買い物の帰りに信号が青に変わるのを待っている間に、いつもの調子でメガネを外した。
横断歩道の向こうに、なにやらガヤガヤと話している学生…? の集団…? のようなモノがボンヤリと? 見える…? いや、見えない…?
どっちだよ。
いや、もう、ホントに裸眼だと何も見えなくて…。
そこでふと思った。
これはもしかして、僕は「真実からの自由」を手に入れているとも言えるのではないか?
何言ってんの?
いや、だって、そうではないか?
眼が良い人は見たくないモノを見ないためには目をつぶらなくてはならない。
でも、目が良くない人は、ワザワザそんな事をしなくてもいい。
メガネをかけたり外したりするだけで見るも見ないも思いのままだ。
何言ってんの?
世の中、全てが見たいものであるとは限らない。
見たくないモノは、最初から見えなければ存在しないも一緒だ。
坂本冬美も『いつまで待っても来ぬひとと 死んだひととは おなじこと』と歌っている。
つまり…僕を始めとするメガネユーザは、メガネをかけたり外したりするだけで「真実の世界」と「自分にとって都合の良い世界」のどちらを見るかを自由に選べるのだ!
何言ってんの?
マスクとメガネ…。
煩わしいだけで何のメリットもない組み合わせだと思っていたが、意外な気付きを教えてくれた。
本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。
ネット上での諍いなんて、その99.9%が「見なくても良いモノを見たこと」が原因なんじゃないですかね。