皐月になりました。山頭火さんは、其中庵です。
なんにもなくなつて水の音
たとえ何にも無くなっても、音だけは残っている。
そういうことでしょうかね。
人が亡くなる時も、聴力は最後まで残っているそうですからね。
これ、『なんにもなくなつて』ときたら、その後、音ならなんでもいけそうな気がします。
なんにもなくなつて風の音
なんにもなくなつて雨の音
なんにもなくなつて波の音
……
それぞれに味わいが有るような、無いような。
ここのところ、ChatGPTをはじめとする、AIの話題を聞かない日がありません。
AIに、山頭火さんの句を学習させたら、この手の新作をバンバン作ってくれそうです。
チョッピーさんも、ふらとぴ『Daily Choppy !』でChatGPTをとりあげていましたが、この先どうなるんでしょうかね。
一時のブーム的なものなのか、この先もっと身近になり、永遠に付き合うものなのか。
利用者が決めるというより、投資家の人が決めそうな気もしますしね。
AIさんは(もうさん付けです、完全にマウントされてる)、小説も書けるそうですから、俳句だって詩だってなんだって作れるでしょう。
映像だって、音楽だってなんだっていけるそうです。
定型的な文書には便利なのでしょうが、AIの作ったものを味わいたいと思うんでしょうかね。
誰が作っても、何が作っても、良いものは良いんですかね。
AI山頭火の新作。どうなんでしょうかね。
AI作だって言われなきゃ、分からないんでしょうけど。
では、自称、偽山頭火の私も一句
なんにもなくなつて耳鳴り
誰がつくっても、なにがつくっても、良くないものは良くない。
という事はわかりました。
いったい何が残るんですかね。
投資家に聞かないと。
すばらしいですか、そうですか。
作者不明ですか、そうですか。